祇園甲部歌舞会 公式ウェブサイト

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都をどりとは

京都に春を呼ぶ風物詩「都をどり」は、京都最大の花街・祇園甲部の芸妓・舞妓による舞踊公演。開催期間は4月1日から約1ヵ月。名高い「ヨーイヤサー」の掛け声とともに銀襖の前の総をどりで幕を開け、爛漫の春、夏、錦秋の秋、深雪の冬、そして再びの春の花見で幕を閉じる華やかな舞台は、明治5年の創始からの伝統です。会場は祇園甲部歌舞練場を本拠地としていましたが、現在は耐震改修のため休館となり、舞台を移して開催しています。

南座 客席表はこちら ▼

見どころ

「都をどり」の舞台は、約1時間、全8景の一幕仕立て。いったん幕が上がると決して幕を下ろすことなく、春・夏・秋・冬、そして再び春の情景を舞い表しています。

一幕仕立ての早変わりで
四季を表現

プロローグとなる第1景は、「都をどりは」「ヨーイヤサー」の掛け声とともに花道から進み出た舞妓たちが、藍地に枝垂れ桜の揃いの衣裳に身を包み、柳と桜の団扇を携えながら息を合わせて舞います。第2景からの各景では、京都をはじめとする名所旧跡を歴訪しつつ、春・夏・秋・冬の季節にちなんだ情景を舞い表します。華やかな舞台装置の早変わりも見どころです。フィナーレとなる最終景は、全出演者が総出演。爛漫の桜が咲きにおう花見の風景となり、芸妓・舞妓の群舞で幕を下ろします。

日本の伝統美を目の当たりに

舞妓・芸妓のまとう衣裳は、着物は友禅、帯は西陣織。いずれも「都をどり」のために京の匠が制作したものです。舞台装置や小道具は、長年「都をどり」を担当してきたベテラン制作陣が制作。日本画の伝統技法などを駆使し、名所旧跡の佇まいを忠実に再現しています。

芸妓・舞妓が生演奏

芸妓・舞妓が登場するのはステージだけではありません。舞台上手では「地方(じかた)」と呼ばれる芸妓が黒紋付姿で三味線を弾き、唄をうたいます。第1景の「都をどりは」という呼び出しの声も地方さんです。舞台下手では舞妓が太鼓や笛などの「鳴り物」を奏でています。

毎年、新作の舞を発表

舞に合わせてうたわれる歌詞は、「都をどり」専属の作家が毎年新しいテーマに沿って書き下ろした新作です。舞台で舞う芸妓・舞妓のセリフはなく、京舞井上流ならではの雅やかな所作だけで心情を表現します。指先や目線にまで神経を行き渡らせた細やかな表現にご注目ください。

※当日のイヤホンガイド(有料レンタル)では、お席にて舞台をご観覧いただきながら見どころをお聞きいただけます。

歴史

「都をどり」の創始は
明治5年


「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」より

都をどりの創始は明治5年、東京遷都の後の京都を再興するべく日本で初めての博覧会を開催した際、附博覧として芸妓・舞妓の舞を披露したのが始まりです。祇園の芸妓・舞妓が一堂に会して舞う華やかな舞台は、遠く海外まで評判を呼び、今日に続く春の風物詩として歴史を刻んできました。

「都をどり」と
京舞井上流


(左より)三世、四世、五世井上八千代

芸妓・舞妓の群舞という画期的なスタイルを考案したのは、万亭(現在の一力亭)九代目当主・杉浦治郎右衞門と京舞井上流の家元・三世井上八千代でした。二人は伊勢古市の「亀の子踊」などを参考にして、この形式を創案。以来、祇園甲部の舞は京舞井上流のみとされています。

芸術家が集い戦後の復興を


歌人・吉井勇をしのぶ「かにかくに祭」

明治5年の創始以来、戦中戦後(昭和19年〜昭和24年)を除いて毎年必ず上演されてきた都をどり。その華やかな舞台は多くの芸術家にも愛され、戦後の復興時には、祇園をこよなく愛した歌人・吉井勇や日本画家・堂本印象ら、京都ゆかりの名だたる文化人・芸術家がこぞって腕を振るいました。

春秋の2度公演した年も


昭和39年オリンピック東京大会記念のポスター

京都の春の風物詩としておなじみの都をどりですが、長い歴史の中では春だけでなくもう一度、秋にも開催した年もあります。大正4年と昭和3年は御大典の奉祝として、昭和39年にはオリンピック東京大会の記念として、秋季にも公演が行われ大盛況となりました。

平成から新たな歴史の
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都をどりの会場として親しまれてきた祇園甲部歌舞練場は平成13年、京都府の有形文化財に登録されました。その貴重な姿を後世に伝えるため平成28年より休館し、現在は耐震改修に取り組んでいます。舞台を移してさまざまなコラボレーションに挑み、歴史と伝統に新たな息吹を吹き込んでいます。

都をどり年表

明治5年
京都博覧会の附博覧として、第1回都をどり開催。会場は祇園新橋小堀の松の家
明治6年
附博覧の好評を受けて、第2回都をどり開催。会場は建仁寺塔頭旧清住院を改造した歌舞練場
明治17年
祇園甲部歌舞練場開催の都をどりが、京都初の電気燈の実験場となる
明治21年
第三回関西府県聨合共進会余興として第17回(春)に引き続き第18回(秋)都をどり開催
明治23年
有栖川宮殿下とコノート殿下(イギリス ヴィクトリア女王三男)ご観覧
明治28年
平安遷都記念として第25回(春)に引き続き第26回(秋)都をどり開催
大正2年
祇園甲部歌舞練場が現在地に竣工。第44回都をどり開催
大正4年
御大典奉祝記念として、第46回(春)に引き続き第47回(秋)都をどり開催
昭和3年
御大典奉祝記念として、第60回(春)に引き続き第61回(秋)都をどり開催
昭和19年〜24年
戦争により6年間休演
昭和25年〜27年
祇園甲部歌舞練場を大改修。南座にて第77・78・79回都をどり開催
昭和28年
2階客席を増設した新・祇園甲部歌舞練場が竣工。第80回都をどり開催
昭和39年
オリンピック東京大会記念として、第91回(春)に引き続き第92回(秋)都をどり開催
昭和47年
創始100年記念として、第100回都をどり開催
平成6年
平安建都千二百年記念として、第122回都をどり開催
平成13年
第129回都をどり開催。祇園甲部歌舞練場が有形文化財登録
皇太子殿下ご観覧
平成28年
祇園甲部歌舞練場、耐震改修のため休館
平成29・30年
京都芸術劇場春秋座にて「都をどりin春秋座」開催
平成31年
南座にて「南座新開場記念 都をどり」開催(予定)